
“給食の鉄人”で頂点に立った保育園には
「楽しいを創る」日常があった
Vol.21 ゆめの樹保育園 なりたにし
USER NAMEゆめの樹保育園 なりたにし

左から千葉美保先生、藤田香織先生、枝川顕子先生
訪問したのは…
施設名
ゆめの樹保育園 なりたにし
所在地
東京都杉並区成田西2-24-20
URL
https://yumenoki-naritanishi.philos2011.com/
2024年12月に開催された“給食の鉄人”で優勝、東京都知事賞を獲得されたゆめの樹保育園なりたにしは、社会福祉法人フィロスが運営する園の一つです。フィロス園は、愛知県内に14園、関東に7園あります。ゆめの樹保育園なりたにしは、関東にあるフィロス園の中で最大規模の園で、利用定員は108名(0歳児9名、1歳児15名、2歳児18名、幼児クラス各22名)です。保育の特徴は「思いっきり遊ぶ」「五感を刺激する」「愛情を注ぐ」です。乳児は育児担当制を導入、幼児は異年齢での関わりを大切にした保育を基盤に、豊かな自然環境の中で、子どもが自ら遊んでのびのび育つような環境づくりに力を入れています。。
理想の食育を実現するために徹底している“ 特別” なこと
「特別なことは何もしていない」。栄養士である藤田先生が“給食の鉄人”を振り返った時の一言です。「普段の私達の食育で生まれたことや、子ども達に食べてほしい想いを述べただけ」と言葉を続けます。大会で披露された「乳卵不使用おかしになりたいピーマフィン」は、ゆめの樹保育園なりたにしの目標でもある「子ども達が食に対してポジティブな感情を持って過ごす」ことを願う先生方の想いが体現されたレシピです。
そんな「乳卵不使用おかしになりたいピーマフィン」を含め、ゆめの樹保育園なりたにしが理想とする食育を実現するための秘訣は「常に大人がポジティブに楽しむこと」であると藤田先生は考えます。そして、先生方は「ポジティブに楽しむ」働き方を実現するための“下ごしらえ”を「徹底している」と話します。そして、この“下ごしらえ”こそが特別であり、その実践の数々は私達に学びを与えるのです。
次からは、個性が光る4人の先生方のご紹介を始めとして、「子ども達が食に対してポジティブな感情を持って過ごす」という目標を達成するために実践されている食育や、食育を実現するために欠かせない「大人が楽しむための“下ごしらえ”」の正体を探っていきます。
1. “とらわれない”食育を形づくる4つの個性
ゆめの樹保育園なりたにしの食育は4人の先生が主軸となって展開されています。園長の大坂先生が、ゆめの樹保育園なりたにしの最大の強みを「職員の個性が際立っていること」と話す通り、調理に携わる先生方の魅力も、個性が豊かなところにあります。藤田先生が「それぞれ得意が違う」と表現する4人の先生をご紹介します。
藤田先生は、ゆめの樹保育園なりたにしの栄養士として働いて5年目になります。ご自身にとって未経験であった保育園の栄養士。その世界に飛び込むきっかけは前職で得た経験にありました。以前はフードスタイリストやフードコーディネーターとしてレシピサイトなどの作成に携わり、家庭料理にアプローチをする仕事に従事していました。その仕事を振り返り「何を家庭でみんなが食べているのかを見た時に悲しくなった」と話します。麵つゆやチューブ調味料が多用された家庭料理を例に挙げ、「これを食べて大人になる子どもの未来ってどうなんだろうと考えるようになった」と言います。二児の母親でもある藤田先生は「自分も子育てしながら勤めていたので(調理に手間をかける)時間がないのはよく分かる」と保護者の方の気持ちにも寄り添います。そして、「保護者の方の代わりに、家庭で本当は大切にしてもらいたいことを私がやろう」「子ども達に日本の家庭料理から消えてしまった味を知ってもらいたい」という想いがきっかけになり、今に至るのです。そんな藤田先生に、ご自身の得意なことを伺うと、「喋ることが好き。保護者支援が得意」「元々食の撮影の仕事をしていたので、給食だけど美味しそうに見える(撮影する)というのが得意」と教えてくださいました。
千葉先生は、「調理師一筋」「うちのパティシエ」と呼ばれるほどの腕前の持ち主です。「不揃いの野菜でも同じ大きさになるよう正確に切ることができる」「野菜の色味と食感は誰よりもストイックに管理する」能力があります。また、ご自身が「自宅の延長」と語る、幼少期からの趣味であるお菓子作りやパン作りに関する知識や技術は、ゆめの樹保育園なりたにしの食育の可能性を広げるために一役買っています。藤田先生は千葉先生について「美味しい物を子ども達に食べさせたい想いが一番強い」と教えてくださいました。
枝川先生は、管理栄養士として働いて8年目になります。働くきっかけは大学時代の学びにありました。法学部に在籍し「少年犯罪の裏側を見てきた」と言う枝川先生は、様々な人生の背景を知る中で、子どもの成長過程がその後の人生に大きく影響していることや幼少期に食べる物が大事であるということに気が付いたのだといいます。藤田先生は枝川先生について「知識や大切なことを言語化することが得意」と評します。
木内先生は、栄養士として働かれています。お三方のサポート役であり、真面目に丁寧に何でも卒なく取り組むことができるといいます。
4人の先生がこれまでの経験を通じて得た想いや願い、疑問が糧となって、ゆめの樹保育園なりたにしの食育を形づくっているのです。バックグラウンドが大きく異なる4人が手を組むことで、広い知見と多様な視点が活かされて、子ども達の食の課題にアプローチできるという強みがあります。
また、先生方の想いを食を通して体現できる環境が整っているということも、ゆめの樹保育園なりたにしの強みです。藤田先生は、大坂先生の方針について「異色でも何かやりたい気持ちや新しいことを始めたい気持ちを大切にしてくれる」と敬意を表します。大坂先生は「藤田先生が来てくれてから変わった。献立とか、従来の給食とは違うテイストが入りだした。固定概念にとらわれない給食の提供を実現している」と称賛します。


2. 家庭を支える“5つのこだわり”
「子ども達が食に対してポジティブな感情を持って過ごす」を実現するための代表的な取り組みに、“5つのこだわり”があります。「普段の給食で日々こだわっている」という“5つのこだわり”には、「(子どもと)一緒に座って楽しく会話をする時間を一番大切にしてもらいたい」というご家庭へのメッセージが込められています。ご家庭の食事について「簡単な物を使う、出来合いの物を買ってくるでもいいから」「楽しく子どもと対話しながらご飯を食べようって思ってくれたら、子ども達にとっても良い」と藤田先生は考えます。
保護者の方が、子ども達と楽しく食卓を囲むことを優先的に選択できるように、「本来やらなきゃいけないことは私達が保育園での一食でやる」と言うのです。保護者の方に伝えているという「任せてください」という言葉からは栄養士、調理員としての自信や覚悟が感じられました。そんな、ご家庭の食卓を支える“5つのこだわり”をご紹介します。
1、お出汁へのこだわり
藤田先生が赴任されてから「徹底的に変えた」と話すのがお出汁です。「作られたうま味ではなく本来の美味しさ」を大切にしています。「お母さん達保護者の方はお出汁をとる時間は多分ないので」「家ではできないであろう味覚体験を保育園でできるように」とこだわりの理由を話します。味噌汁の場合はゆっくりと煮出した昆布と煮干しで。すまし汁の場合はゆっくりと煮出した昆布とかつお節で。スープの場合は鶏ガラを何時間も煮込んで作ります。
2、彩りへのこだわり
素材の色が鮮やかなまま食器に盛られるようにしています。例えば、小松菜は「緑が緑のまま出るように」「(鍋と)別で温度を取って冷やして絞って、最後に食缶の中で混ぜる」といいます。彩りにこだわる理由は、藤田先生がご自身の育児を通して実感されたという「(子どもが)視覚的に分かる“栄養バランスが整っている食事”を習慣的に刷り込んでいくのが大事」という考えがあるからです。
3、新メニューへのこだわり
毎月、子ども達が「“これ、なんだろう?”とワクワクするような新しい給食やおやつ」を取り入れています。子ども達は、見慣れていて味の見通しが持てる、所謂“いつもと同じ”食べ物を好みやすいものです。新メニューにワクワクしてもらうためには一工夫が必要となるでしょう。そんな“一工夫”についてお伺いすると、枝川先生は「ネーミングが大事」「子ども達の聞きなじみのある名前だと食べられる」と教えてくださいました。
例えば、「焼きチキンナゲット」。肉団子をナゲットの形に模した料理です。ファーストフード店でなじみのある“チキンナゲット”を彷彿させる“聞こえ”と“見た目”が、子ども達の食欲を搔き立てます。
「甘酒ドーナツ」も同様です。甘酒の自然な甘味を活かしたというおやつについて、藤田先生は「ドーナツの形がキャッチーだったみたいで抵抗なく。“甘酒はよく分からないけど美味しい”と言っていた」と子ども達の反応を明かします。
そして、3月には千葉先生が料理開発をされた「お米パン」が新メニューとして提供されます。浸水したお米をミキサーにかけ、イーストを入れて発酵させたパンです。先生方は「子ども達の反応が楽しみ」と期待を寄せています。
4、苦手なメニューへのこだわり
ゆめの樹保育園なりたにしのポリシーは、子ども達にとって苦手な食材でも「絶やさずに出し続けること」です。その理由について、藤田先生は「ただでさえ家庭で食経験が少なくなっているのに給食まで苦手な物を消し去ってしまったら食べる機会が無くなってしまう」と話します。子ども達の多くが苦手とする食材は、青菜、豆、乾物(ひじきや切り干し大根)だといいますが、残食が多い食材については、その理由を探り、調理の改善を図ります。主な改善策として、加熱時間や切り方を見直したり、うま味が強い料理や子ども達の好きな料理と合わせたりするなどの工夫をしています。
例えば、ひじきはドーナツに混ぜて提供すると食べられる子どもが増えたといいます。また、切り干し大根はカレーやミートソース、ジャージャー麺の肉みそ、肉団子などに入れて提供します。5ミリ程度に刻まれた切り干し大根を食べる子ども達の様子について「誰も気付いていない気がする。食感の一つとして食べている」と枝川先生は話します。
日々調理の改善に勤しむ先生方の背中を後押ししているのは、「出し続けて人気メニューになる料理を見てきている」という経験です。苦手メニューから人気メニューへと変化した料理の代表に「沢煮椀(レシピは以下参照)」があります。教えていただいたレシピを参考に、当社でも試食をしたところ、その食べやすさには驚きました!ゆめの樹保育園なりたにしで提供される沢煮椀において、子ども達が食べやすいと感じるポイントに、(1)干し椎茸をみじん切りにする(2)具のバランスが挙げられます。
(1)干し椎茸をみじん切りにする
子ども達が干し椎茸を苦手とする理由として、むにゅっとした独特な食感、噛み切りにくさ、噛んだ時のうま味の強さなどが考えられますが、みじん切りにすることによって、風味が全体に行き渡り、他の食材と一体化させることができます。
(2)具のバランス
味、食感、見た目における具材のバランスが良いです。
味のバランスについて、うま味が強い豚肉や干し椎茸、瑞々しい大根、甘味のある人参、辛味のあるカイワレ大根など、それぞれが程良い分量で保たれています。食感のバランスについて、ガサガサする野菜、つるんとする白滝、ボソボソするひき肉を片栗粉でまとめることによって食べやすさを演出しています。見た目のバランスについて、白滝の白色、人参のオレンジ色、緑色のカイワレ大根などが入ることによって彩り良く仕上がっています。
残食が多い時、凹みそうになる先生方の気持ちを鼓舞してきたのは「(子ども達が)苦手な物を出すことは家庭で負担になる」というご家庭への気遣いによって生まれた信念です。それから、「食べ物としては正しいもの」「美味しかったもん」「そのうち食べるようになるよ!」というご自身の料理に対する納得感と自信です。
苦手メニューだった沢煮椀ですが、今では「何リットルも多めに作らないとおかわりが足りない」と、先生方からは嬉しい悲鳴が上がるのです。
5、アレルギー食へのこだわり
ゆめの樹保育園なりたにしに通う子どもが持つアレルギー食材は一切使わずに献立を作成しています。誤食や混入の予防といった点で安全面が保障されるのはもちろんですが、何よりも「みんなで同じものを食べて語らうことは大切な習慣」だと考えられています。「みんなで同じものを食べる」ために、アレルギー食材に代わる別の食材を探す手間や、調理過程において人手を要するという側面がありますが、それでも「その子だけ代替食というのは栄養面という意味においても味気ない」「限界までは今の方法でやろうと思う」と話す藤田先生からは強い意志が感じられました。
「子ども達が食に対してポジティブな感情を持って過ごす」ことを実現するために、継続して取り組んできた“5つのこだわり”は、ご家庭の食卓を支えるだけではなく、保育園の残食を減らすことにも繋がっています。そんな変化を見守ってきた大坂先生は、日々尽力する先生方に向けて「工夫に工夫を重ねてくれる」と労いの言葉をかけるのです。


3. 心身を育む“探究型食育活動”
“5つのこだわり”からも見て取れるように、ゆめの樹保育園なりたにしには、子ども達に対して“教える”“食べさせる”食育ではなく、子ども達の声を“聴く”、子ども達と“一緒に食べる”食育があります。今年度から導入している“探究型食育活動”は、まさにその姿勢を体系づけた物です。藤田先生は“探究型食育活動”について、「こちらが考えた物を与えるのではなく、子ども達と一緒に“(例えば苦手な食材を)食べられるようになるにはどうしたらいいんだろう”と考えながら、(何に取り組むのか)やることを決めていく」活動だと説明します。
活動を導入したきっかけは、「乳卵不使用おかしになりたいピーマフィン」の原点ともいえる出来事にありました。当時、先生方は「(子ども達に)ピーマンを美味しいと思ってほしい」という想いはあるものの、計画を立てるうちに「どうしたらいいのか分からなくなった」といいます。そこで、「苦手な食材を食べられるようになるにはどうしたらいいのか」を直接子ども達に問いかけることにしたのです。この問いかけが“探究型食育活動”の始めの一歩でした。先生方は、子ども達を観察することに留まらず、子ども達の声を“聴く”“一緒に考える”姿勢に転換させたことにより、子ども達の中に眠っていた「こんな料理なら食べてみたい」を引き出すことに成功したのです。
一年かけて取り組んだ“探究型食育活動”の成果について、藤田先生は「大人が思っている以上に効果がある」「(導入以前と比較して)子ども達との信頼関係が全然違う」と口にします。子ども達にとって、「今までは嫌いなものを食べさせようとしてくる存在」だった先生が「一緒に寄り添ってくれる人」に変わり、「(子ども達が)普段の悩みから言ってくれるようになった」といいます。
目の前にいる子ども達に対して、どのようなアプローチが適しているのか。答えに迷った時は、子ども達が“与えられる”食事という視点から、子ども達が“主体的に関わる”食事という視点に転換させることが鍵になるのかもしれません。藤田先生は、“探究型食育活動”に挑戦した今、「(子ども達に)聴いてみたらこんなに良いことがあるんだ」とその効果を実感されています。
ゆめの樹保育園なりたにしには、身体をつくるだけではなく、心を豊かにする食事があります。
“探究型食育活動”を通じて子ども達の中で育まれる五感、湧き上がる疑問や葛藤。発見や挑戦することから得られる高揚感や緊張感。子ども達にとっては、経験したことのない新しい感覚との出会いもあるのかもしれません。先生や友達、家族と活動を共有することによって生じる心の動きもあるでしょう。大人にとっては同一の“探究型食育活動”を提供したつもりでも、受け取る子ども達は興味・関心の領域や認識の仕方がそれぞれに異なるため、芽生える感情や獲得される学びは一人一人違うのです。ですから、見た目にはどれも同じ「乳卵不使用おかしになりたいピーマフィン」が食卓に並んだとしても、“探究型食育活動”を経験した子ども達の目には“自分だけの物語の料理”として映るのです。“探究型食育活動”という名の“僕/私の物語”を通して育まれる心があるでしょう。そうであるとするならば、“子ども達の心に何を育てるか”を大人達が追求することが、保育園で食育をすることの意義であるのではないでしょうか。また、子ども達の人生の礎ともいえる“心身”が形成される大切なこの時期に、“子ども達の心に何を育てるか”を“追求することに携われる”ということに、保育園で食育をすることの醍醐味を感じるのです



4. 大人が楽しむための“下ごしらえ”
日々“5つのこだわり”に磨きをかけ、“探究型食育活動”に挑戦した今年度は、ゆめの樹保育園なりたにしにとって、食育の可能性が一段と広がった一年になったことでしょう。高みを目指し、新しいことを生み出す、そんなエネルギーに溢れたチームの秘訣について伺うと、枝川先生は「効率を考えている」と教えてくださいました。藤田先生も「時間を作る働き方をしている」「みんなが+αのことを考えられる時間と余裕を作る」と同意します。そして、「仕事とプライベート、自分の体力とのバランスを考える」「自己犠牲をして時間を捻出することがないように、声を掛け合い、時間の使い方を話し合いながらやっている」と仲間達を気遣います。
実践されている「時間を作る働き方」の一例を教えていただきました。それは、献立を作成する段階で、必要な工程や所要時間、調理員のシフトなどを考慮して料理を組み合わせることです。藤田先生は、「切りものの数と加熱時間を見てどう組み合わせるかを考える」「(調理員が)4人いる前提のメニューと3人いる前提のメニューを挟み込んでいく」と言います。さらに、「(午後の)おやつが何かで、午前中の作業が変わってくる」と、「時間を作る」ために計算された上での献立作成であることを明らかにします。
この実践に習うと、他に考慮すべき項目として、調理方法(食材の種類、洗い方、切り方、成形方法、加熱方法、使用する器具)や配膳方法(食器の数、盛り付け方)、所要時間や必要人数などが挙げられます。さらに、料理次第では材料保護のために離乳食やアレルギー食材を取り分ける工程についても加味する必要があるでしょう。保育園における調理の仕事は、工程が細かく、手数が多いものです。だからこそ、仕事を細分化して、改善点を探る意識を持つことができれば、その時間を“+α”に費やすことが可能なのです。
「時間を作る働き方」を実現させるために重要なことは「柔軟性」であると枝川先生は言います。「ルーティンの仕事なのでその流れを崩すことに抵抗がある」「“やってみよう”と誰かが提案した時に“一回やってみようか”とスタッフ全員が柔軟になれると変わりやすい」と話します。これに関する体験談を藤田先生が語ってくださいました。それは、サラダを調理する場で起きたことでした。藤田先生は、他の食材との組み合わせを見て、より効率的だと考える「いつもと違う切り方」を提案したものの、同僚からは「今までこの切り方で作っている」という理由で、藤田先生の提案は受け入れてもらえなかった、と過去を振り返ります。一方、現在のメンバーとは、「1回目できつかった時は、次回は切り方を変える」、逆も然りで「もう少し丁寧でもいけるね、などすり合わせをしている」と話します。このようなご自身の体験を踏まえ「柔軟性を持ったメンバーと日々改善点を話しながら業務に活かしていくと(仕事が)早く進む」と結論付けるのです。
偶然にも“節分メニュー”の日であった訪問日に、こんな場面に遭遇しました。花の形をした混ぜご飯を目の前にして、藤田先生はこう話します。「昔は海苔で鬼の顔を描いていたけれど、(子ども達は)顔だからといって食べるわけではない。そうじゃない方が食べる気がする」「今は行事っぽい華やかさに力を入れている」。このエピソードからも分かるように、「子ども達が食に対してポジティブな感情を持って過ごす」という目標に向けて、より質の高い成果を生み出せる方法を見極め、そこに適切な手間をかける意識があるのです。
先生方は、保育園の調理室で“当たり前”と認識されやすい“従来の”作業の一つ一つに対して“適切な手間であるのか”という疑問を抱ける心の目、周囲を巻き込むことでも臆さず声を上げられるリーダーシップ、型破りともいえる発想力、“未知”を受容する柔軟性を持っています。しかし、これら全ての能力を、一人の人間が持ち合わせているわけではありません。それぞれの個性が活かされて、チームの強みとなり、「時間を作る働き方」を実現させているのです。
「時間を作る働き方」による効果について、藤田先生は「丁寧に食育活動の企画が立てられたり、振り返りや準備が余裕を持ってできたりする。子ども達の話を聞く余裕が生まれる。全てのクオリティが上がる」と語ります。また、先生方が「気兼ねなく休める良い空気」が流れるといいます。そして、「余裕があるということが、私達が仕事を楽しめる一個の秘訣」と話します。これらが冒頭で述べた「大人が楽しむための“下ごしらえ”」の正体です。そして、“給食の鉄人”に挑戦できた理由もここにあるのかもしれません。
5. 楽しいを創る、創るを楽しむ
ゆめの樹保育園なりたにしでは、「子ども達が食に対してポジティブな感情を持って過ごす」という目標を達成するために、「常に大人がポジティブに楽しむこと」が意識されていました。そして、大人が楽しむための“下ごしらえ”として重要になるのが「時間を作る働き方」です。時間に余裕が生まれることによって、心にゆとりが生じます。心のゆとりが、先生方の柔軟性や創造力、挑戦する意欲を引き出します。それらが、“5つのこだわり”や“探究型食育活動”を含めたゆめの樹保育園なりたにしの食育の質の向上に繋がっているのです。日々「時間を作る働き方」を徹底すること、それによって生じた+αの時間とエネルギーを“食育の追求”に費やすことを積み重ねることが、「子ども達が食に対してポジティブな感情を持って過ごす」という目標を実現させるのです。
最後に、ゆめの樹保育園なりたにしの今後の課題について伺いました。藤田先生は、「ご家庭にどこまでアプローチできるか」「“食べることを大切にする”ということがもう少し浸透してくれたら」と話します。“給食の鉄人”の反響は大きく、「保護者が給食に関心を持つきっかけになった」というものの、「食べることが幸せな未来にどこまで繋がっていくかということをイメージできている保護者はまだまだ少ない」と現状を認識します。
藤田先生は、願いを込めてこう話します。「美味しい物を楽しく食べて育ったらきっと優しくて賢い子が育つ」「良い子をたくさん育てればきっと優しい未来が待っている」。一瞬一瞬の食育が、目の前の子ども達に対してだけではなく、これから誕生する未来の子ども達、さらには地球に繋がっていくと信じています。
先生方から溢れるポジティブなエネルギーの正体は、未来を担う子ども達への想いを食にのせられること、食を通して子ども達の未来をデザインできること、を実感できる日々にあるのではないでしょうか。先生方にとっての“楽しい”は自己実現が叶う日々にあるのです。藤田先生は「今よりも良い未来を残す大人になりたい」「良い地球を残すことまでが食育なんだ」と言葉強く話します。このような先生方の毅然とした姿勢を見ていると、「子ども達が食に対してポジティブな感情を持って過ごす」という目標の背景にある、先生一人一人が抱く信念や覚悟の強さをひしひしと感じるのです。それ故、保育園での食育は、様々な制約に伴うもどかしさを感じるものの、苦労は感じていないと言います。我々が苦労と感じられるようなことさえも、自己実現に必要なスパイスとして変換させられるのでしょう。
「給食の鉄人で二冠を目指している」という“チームゆめの樹保育園なりたにし”はこれからどんな未来を創るのか。「乳卵不使用おかしになりたいピーマフィン」には、これまでに携わった先生方の、子ども達の、保護者の方の数だけ“特別”な想いが込められているのです。