“みんなが繋がる。みんなで創る。子ども達の未来のエネルギー

Vol.22 明日葉保育園東戸塚園

USER NAME明日葉保育園東戸塚園

左上時計回りに高橋先生、寺澤先生、鴫原先生、池田先生、佐藤先生

訪問したのは…

施設名

明日葉保育園東戸塚園

所在地

 神奈川県横浜市戸塚区品濃町147-1

URL

https://www.ashita-ba.jp/hoiku/higashitotsuka/

株式会社あしたばマインドが運営する明日葉保育園は東京都と神奈川県に22園あります。株式会社あしたばマインドを含むソシオークグループは、「社会と共生する樹でありたい」をグループミッションに掲げ、子育て支援、学校・保育園給食事業、モビリティサービスなど、日々の暮らしを支える多様な事業を展開しています。明日葉保育園が食育を行う上での強みは、ソシオークグループが約60年前から給食業務に携わっているということです。安全で安心な食事が求められる給食の分野で、給食内容の充実、細やかなアレルギー対応、衛生管理の徹底などに取り組んできた実績があります。
2013年4月に開設された東戸塚園の利用定員は70名(0歳児7名、1・2歳児各12名、以上児各13名)です。食育の他にリトミックや体操などのプログラムを通して、明日葉の花言葉である「旺盛な活動力」のように、明日をたくましく生きる力を育むことを理念に掲げます。

  • 保育理念:子どもの明日を育み、今日を支える
  • 保育・育成方針:子どもが、今日を最もよく生き、望ましい「明日」を創り出す力の基礎を養う
  • 保育目標:
    ・自分も人も尊重できる子ども 
    ・自分で考えて正しいことを選び取れる子ども 
    ・心も体も健やかな子ども ・思いを適切に表現できる子ども
  • 栄養士が保育園で働くということ

     勤続十数年、今年度より東戸塚園に異動されてきた栄養士の鴫原先生。先生は、栄養士の仕事の面白さを「個に合わせることによって栄養士としてのスキルが活かせる」ことだと話します。鴫原先生が指す「個」とは、子どもであり、保護者であり、同僚や後輩にあたります。そして、「個に合わせる」ことを「相手の心を満たす」とも表現される、その関わり方は鴫原先生の学びの結晶です。この関わり方を通して、〈子ども〉〈同僚や後輩〉〈保護者〉と良好な関係性の構築を図ってきました。その結果、明日葉保育園が大切にしている「子ども達が主体的に関わる食育」に良い効果をもたらしています。
    ところで、「個に合わせる」とは具体的にどのような行動を指すのでしょうか。経験豊富な鴫原先生が“保育園”という環境のもと、“栄養士”という立場で、〈子ども〉〈同僚や後輩〉〈保護者〉との関わり合いを通して学ばれた「個に合わせる」ことのノウハウを、実践例を通してご紹介します。

    Ⅰ“保育園栄養士”に求められる専門性 
    ~個(子ども )に合わせる~

    1.転機は“保育所保育指針”

    鴫原先生にとって「個に合わせる」ことの原点は、保育所保育指針でした。2018年に改訂された保育所保育指針の主題のひとつに“子どもの主体性”が掲げられました。その中で、“子どもの主体性は保育者によって育み尊重するもの”として明記されていました。
    鴫原先生は、指針に触れた時のご自身について「保育指針はあまり考えたことがなかった」「(子ども達が)“給食美味しい”って言ってくれれば満足だった」と振り返ります。それから、“主体性を尊重した保育”を謳う保育所保育指針に対して「(子ども達に対して)今までの関わり方じゃだめなの?」と疑問を抱いたといいます。そして、この問いを解消するために見識者と話をする中で学んだことがあったそうです。その学びついて、鴫原先生は「(今までもこれからも目指す)目標は一緒。(主体性を尊重した保育とは)子どもに合わせてプロセスを変えることなんだ」と話します。「子どもに合わせてプロセスを変える」とは言い換えれば「個に合わせる」ことであり、すなわち「大人が、子どもに適した援助や環境構成を図る」ことです。保育所保育指針の改定が転機となり、鴫原先生は「子ども達が主体的に関わる食育」の実現を目指し、子どもに対するご自身の働きかけ方について見直すことになったのです。

    2.栄養士が担い手となるところ  

    「子ども達が主体的に関わる食育」を目指し始めた頃、鴫原先生が身をもって感じたことは「子どものことを勉強してきていない」ということでした。これは、保育園で働く給食関係者にとって共通の課題であるといいます。
    一方、現在の明日葉保育園で実践されている食育活動からは、栄養士の専門性だけではなく、保育の専門性の高さが伺えます。鴫原先生が「保育士さんに習っている」と話すように明日葉保育園の栄養士さんは、現場で子ども達の対応をする保育士さんから“技”を盗み、座学で“知識”を学んでいるのです(以下参照)。

    鴫原先生が学ばれた保育の知識(一部)

     
    【保育に関する知識】
    保育方法(子どもの発達段階、興味や関心に合わせた遊びを提供すること)、保育所保育指針(保育の基本となる考え方を理解すること)、保育実践(現場で必要な技術〈観察力・判断力・対応力〉を理解すること)
    【子どもの発達に関する知識】
    発達段階(身体的・情緒的・認知的・社会的)を理解すること、発達障害(発達障害を持つ子どもの特性や関わり方)を理解すること
    【保護者支援に関する知識】
    保護者とのコミュニケーション(保護者の気持ちに寄り添い、信頼関係を築くためのコミュニケーション能力を養うこと)

    「 一見すると“畑違い”に思われそうな保育を、栄養士さんが学ぶことの利点は、対象(子ども)の理解を深められることにあります。「子ども達が主体的に関わる食育」を実践するにあたって、子ども達の特徴やニーズを多様な視点で捉えることができるようになります。それから、より効果的な手段(子どもに適した援助や環境構成)を選択できるようになります。
     鴫原先生は、栄養士と保育の専門性を掛け合わせることが、食育活動の充実に繋がると実感されています。そして、このような食育活動の実現を図ることは「栄養士が担い手となるところ」だと考えられています。

    3.「子ども達が主体的に関わる食育」の実際

     栄養士と保育の専門性を掛け合わせることによって、「面白い食育ができた」と鴫原先生が頬を綻ばせて教えてくださった2つの活動をご紹介します。

    ~実践例 1.トウモロコシの皮むき~

     
    1つ目は、幼児さんのクラスで実施した「トウモロコシの皮むき」です。
    従来の「トウモロコシの皮むき」の活動は、大人の直接的な指示によって子ども達の行動が決められる形式で実施されていました。一方、鴫原先生は「より自然(に子どもの主体性が活かされるよう)な形でやりたい」という想いを抱いていました。鴫原先生の働きかけによって、保育主任や保育士さんの協力が得られると、ついに想いが形になったのです。
     活動当日の朝8時、教室に入室した子ども達の目の前には、普段どおりの“お支度コーナー”や“あそびコーナー”と並んで、“トウモロコシの皮むきコーナー”がありました。それは、子ども達の活動の選択肢のひとつに「トウモロコシの皮むき」があることを意味します。その意図を察した子ども達からは次々に「やりたい!」と声があがりました。その後、一足早く皮むきに取り組み始めたお友達の姿を見た子ども達からも意欲的に参加の意思が伝えられました。活動後の給食で、トウモロコシが提供された時の子ども達の反応について、鴫原先生は「たかがトウモロコシの皮むきだけど、全然食べが違う」と嬉しそうに活動の効果を実感されました。
     この実践例を通して「子ども達が主体的に関わる食育」に効果をもたらしている援助や環境構成について考えてみましょう。最初に「①子ども達が活動を選択できる環境」が挙げられます。次に「②お友達と取り組むことができる環境」が整えられています。幼児さんはお友達との交流が活発になる時期であるため、“一緒にやりたい”という意欲や期待感がくすぐられる環境構成は効果的です。また、「②お友達と取り組むことができる環境」は「お友達を見本にして、取り組むことができる」という利点もあります。お友達の取り組む様子を見ることによって、“何をするのか”“どのようにするのか”を一目で確認することができます。イレギュラーな活動に躊躇してしまうお子さんにとって、このような環境は、活動の見通しが立ちやすいため参加がしやすくなります。さらに、「②お友達と取り組むことができる環境」は、“お友達がやっているなら自分にもできる”という自信や安心感が生じやすいです。こうした心理的な側面においても子ども達の背中を後押ししたはずです。最後に、「③大人による直接的な援助を概ね必要としない環境」です。幼児さんは、自己意識が強まり、自主性が芽生える時期です。“自分でやりたい”という欲望を叶える環境構成は、心の発達面から見ても適しているでしょう。
     子ども達が主体的に「トウモロコシの皮むき」に取り組むことができたことの背景には、このように栄養士さんと保育士さんの専門性を活かした数々の工夫が施されているのです。
    そして、この活動を通して新たな気付きがあったといいます。それは、「子どもに適した援助や環境構成がなされている活動場面において、その活動は子どもの“主体性”によって展開されていく」ということです。「トウモロコシの皮むき」でのエピソードを例に挙げると、皮を自力でむけない子は先生やお友達に対して自ら援助を求めに行く様子が見られたといいます。鴫原先生は、「大人は手伝う必要がなかった。見守る形だった」と振り返るのです。

    ~実践例 2.オリジナルキャラクター みらいエナジー~

     
    2つ目は、明日葉保育園のオリジナルキャラクターである「みらいエナジー」を活用した食育活動です。全園で共有されている「みらいエナジー」は、明日葉保育園で取り組んでいる食育活動の“顔”と言っても過言ではないでしょう。「子ども達に親しみやすく、かつ分かりやすく、食材の特徴や栄養を伝えていくことを目的とする食育」として位置付けられています。
     「みらいエナジー」が誕生するきっかけとなったのも、野菜嫌いな園児さんへの「自ら食べてみよう」という主体性を引き出すアプローチ探しがきっかけだったそうです。系列の保育園で、野菜が苦手な園児さんがおり、クッキングをはじめ様々な体験型の食育の取り組みでアプローチをしたけれど、様子は変わらなかったといいます。
    ある日子ども達の様子を見にクラスを訪れた際、その先生の目に留まったのは、園児のリュックについていたたくさんのキャラクターのキーホルダーでした。今までは食のアプローチは作ったり、育てたり、教えたりするアプローチをしていたけれど、もっとその幅を広げてみるのもいいのではないかと閃いたそうです。
    そこでオリジナルのキャラクターを作成するのはどうかと系列の栄養士の先生たちに提案し、「それぞれに名前や特徴を設定しようか」「各キャラクターを紹介するパネルを作ろうか」「クイズやぬりえにしようか」とどんどん発想が広がっていきました。今では80種類以上のキャラクターが生み出され、野菜だけでなく、たんぱく質、炭水化物、調味料など、食材全体に広がっています。
    そして、キャラクターの総称として名付けられた「みらいエナジー」というネーミングには、「今の食事が、健やかに成長する子ども達の身体をつくる “みらいのエナジー(エネルギー)” になる」という明日葉保育園の食育への想いが込められています。

    「みらいエナジー」を活用した食育は、今や園の枠を超えて広がっています。
    系列園で食育の媒体を共有することで、どの園でも子ども達が遊びを通して日常的に食育に触れることができるようになりました。そこからさらに、園ごとの工夫や新しいアプローチが生まれています。このような横の繋がりを活かせるのも、明日葉保育園の大きな魅力のひとつです。
    鴫原先生が語る「(子ども達の)知識にしていきたい」という言葉のとおり、先生方のこだわりは細部にまで及び、子ども達の“食べる力”を育てるための工夫が随所に散りばめられています。例えば、キャラクターの名前です。里芋は「ガラクタン」、リンゴは「リンゴさん(酸)」と名付けられています。それによって、子ども達は食材の名前とその成分をセットにして学ぶことができるのです。
     この実践例を通して「子ども達が主体的に関わる食育」に効果をもたらしている援助や環境構成について考えてみましょう。それは「子どもに適した意識付けが図られている」ということです。ここで言う「意識付け」とは、「“子どもが知識を吸収するために必要となる姿勢(意識)を形成すること”を大人が誘導すること」です。
     低年齢児さんに対する「意識付け」のための働きかけとして、「子どもの感覚面を刺激している」という点が挙げられます。例えば、視覚への刺激として、カラフルで愛らしいキャラクターの姿があります。また、聴覚への刺激として、リズミカルでキャッチーなキャラクターの名前があります。
    このように、子どもが好みやすい“感覚面”に訴えかけることによって、子どもの興味や関心をひきつけているのです。子どもに芽生えた「みらいエナジー」に対する興味や関心を取っ掛かりとして、主体性を引き出すことを図るのです。

     対象の子どもが変われば、「意識付け」の方法も変わります。年長児さんのクラスで実践されている「意識付け」の例を、鴫原先生が教えてくださいました。“きょうのみらいえなじー”と呼ばれるその活動は、給食を食べる直前に行われます。その名のとおり、給食に使われている“きょうのみらいえなじー”を担任と子ども達で確認するための活動です(写真参照)。
    そもそも、低年齢の頃から慣れ親しんでいる「みらいエナジー」を実際に食べることは、学習効果が期待できます。なぜならば、“知識”と“体験”が結びつく瞬間だからです。遊びを通して獲得してきた“知識”が、食べるという行為を通して“体験”と結びつくからです。
    そして、子ども達にとってより高い学習効果を狙うのであれば、“知識”と“体験”が結びつくその瞬間、子ども達への「意識付け」を怠らないことです。“きょうのみらいえなじー”を例に挙げると、大人が“きょうのみらいえなじー”と銘打つことによって、そして“活動”としてそれを位置付けることによって、子ども達には「これから“きょうのみらいえなじー”を確認する時間が始まる」という意識が働き、自発的に“聴く姿勢”を形成します。これが「意識付け」です。そして、このような子ども達の主体的な姿勢こそ、日々の学びを価値あるものにするのです。
     先生方による緻密な計画があって成立している食育活動について、園長の亀田先生は「子ども達にとって“楽しい”“食べたい”という気持ちを(大人が)意図的に認識させていかないといけない」「みらいエナジーが主体的な保育に繋がっている」と話します。

    Ⅱ 組織を活かす ~個(同僚・後輩、保護者)に合わせる~

     
     鴫原先生は「他職種の(同僚や後輩と)呼吸を合わせることが栄養士には大事なスキルになる」と話します。その理由について、「栄養士が働く現場は(栄養士より)他職種の人数が多い」「給食室の中だけにいると知らないことも多い」と、栄養士がおかれる環境が特殊であることを示唆します。そのような環境の強みを活かすかのごとく、積極的に周囲との連携を図ってこられた鴫原先生。その行動の背景には、「栄養士は、(子どもにとって)肝になる三食を担っている」という自覚があるのです。

    1.保育士さんとの繋がりは「財産」

     「子ども達が主体的に関わる食育」を実現するために活かされてきた保育に関する知識の数々。鴫原先生は、これらはご自身にとって「財産」であると表現します。それほどまでに、保育の知識を習得したことが“保育園栄養士”のスキルアップに繋がったことを実感されているのです。しかし、鴫原先生にとっての「財産」は知識だけではありません。鴫原先生は「保育の先生をどんどん巻き込んでいった。私達も保育に巻き込まれていくという形で進めてきた」とこれまでを振り返ります。苦楽を共にしてきた保育士さんとの関係性も含めて「財産」なのです。鴫原先生は“同志”へ、信頼感と敬意を込めて「保育士さんと同じスタンスで仕事をしている」と語ります。

    左上時計回りに前田主任、樋口先生、原田先生、杵淵先生、亀田園長、鴫原先生

    2.後輩に繋げる

    原先生は今、経験を通して獲得してきた「財産」を栄養士の後輩に伝えようとしています。そのために大事にされていることは「教え方」だと話します。
    「教え方」に関して、ご自身を見つめ直すきっかけになったのは5、6年前。「後輩が育たない」と実感されたことでした。当時のご自身について、「“プロだから”“仕事だから”という想いが強すぎた。“私には熱い想いがあるんだからそれを覚えてもらわないと”という後輩育成をしていた気がする」と振り返ります。
    鴫原先生は「教え方」について、「昔は“背中を見て育て”みたいな感じだった」「昔は教えることばかりだった」と話される一方、「今は(後輩の言葉を)聞くことが大事になっている」と分析します。このことに気付くことができたのは、子どもや保護者に対する保育士さんの働きかけを学んでいたからだと言います。鴫原先生は「後輩育成も(子どもや保護者と)同じで、知りたいわけじゃない。喋りたいよね、分かってほしいよね」と後輩に寄り添う姿勢を示すのです。

     

    鴫原先生は、“教える姿勢”だけではなく、“教える内容”についても改革を図っています。現状について、「後輩が、私と同じだけ年数を積まないとそこ(鴫原先生が習得されてきた学びや気付きの数々)に辿り着けないとなると、若い子達が育たない」と分析をします。そして、その対策としてソシオークカレッジという社内研修を行っています。本部栄養士を中心に現場の先輩栄養士や園長先生が講師となり現場に寄り添った知識向上を目的としています。今年新たに新設された3年目コースは応用編と称し、学習内容には保育に関する知識も盛り込まれています。なぜならば、鴫原先生は“保育園栄養士”にとって重要なことは「子どもの姿を見る」ことであると考えるからです。その根拠として、成長途中の栄養士さんにとって困難なことは「答えがないこと」であると言います。例として「食育計画の立案」を挙げると、「一般論(一般的な子どもの姿に合わせた計画)ではなく、今東戸塚園にいる子ども達に合った計画を立てられることが大事」と強調されました。
     鴫原先生は「私達がシフトチェンジしていく」という意思をもって、「教え方」を刷新されてきました。そして、後輩に対して「答えが出ないところに、(私達が)いっぱい引き出しをあげればいい」「分からないと思った時に相談できる先輩が横にいる」とメッセージを送ります。このような働きかけによって「栄養士が安心して働ける環境をつくっていける」と信じているのです。

    3.保護者と共に育む

     鴫原先生は保護者との関係性においても改革を図ってこられました。転機となったのは、保護者に募ったアンケートの回答だったといいます。「困りごと」「お子さんのかわいいエピソード」「家庭で取り組んでいる工夫」について尋ねたところ、保護者からはたくさんの声が届いたそうです。鴫原先生は「(保護者は)素敵なアイディアを持ってこんなにやって(実践して)いる」、「やっぱり生活なんだ」と感想を漏らします。保護者の声を通して、“子どもは生活の中で育まれ学ぶこと”“子どもの生活の場は家庭であること”を再認識されたのです。それと同時にこれまでのご自身について「“保護者の方は働いているから(食育が)できなくて当たり前”だと思っちゃっていた」「“少しでも給食で支えられたらな”という気持ちは、どこかでちょっと上から目線になっていた」と省みます。このことがきっかけとなり、鴫原先生は「みんな(保護者)が素敵なアイディアを持っていることを他の保護者に伝えよう」「保護者と共にその子に適した食べ方を模索していこう」と、認識を新たにされたのです。

    保護者アンケート掲示風景(明日葉保育園戸塚西口園 掲示時期2025年)
    鴫原先生が“保護者の声を形にする”役割を果たすことによって、保護者と保護者を繋ぎ、保護者と保育園を繋ぐことができています。/p>

    Ⅲ 個に合わせるとは

     
    これまでの鴫原先生のお話を通じて、我々が心得た「個に合わせる」とは。それは、“インプット力”と“アウトプット力”を磨くことではないでしょうか。ここでいうインプットとは、日常に溢れている情報の中から、目標を達成するために有効な資源(人、物、制度、文化など)を見極め、追求することです。自分の意思を持って、情報を咀嚼することによって“インプット力”は向上します。アウトプットとは、自分自身が持っている資源を、相手に適した表出方法に変換させて伝えることです。いかに相手のニーズを見極めるか、が“アウトプット力”向上の鍵になります。
     そして、“インプット力”と“アウトプット力”を磨くための前提として欠かせないことが、自己理解を深めることです。鴫原先生への取材で印象的だったことは、過去から現在に至るまで、“保育園栄養士”としてのご自身の価値観や言動の特徴について、客観的に認識されていることでした。鴫原先生が度々言及されたご自身の姿は解像度が高いのです。それだけご自身と向き合ってきたということなのでしょう。その行為があったから、今の鴫原先生があり、明日葉保育園の食育活動があると思うと、自己理解の深化こそ「個に合わせる」ことには必要不可欠な作業であるように感じられるのです。
     園長の亀田先生は「子ども達が主体的に関わる食育」を実現するために「子ども、保護者、保育士、栄養士、調理師が全員繋がることを重要視している」と話します。この言葉どおり、明日葉保育園にはみんなで学び合い、活かし合うという風土があります。目の前にいる子ども達の未来を見据えて、やりたいことをみんなで創り出します。それは、鴫原先生の言葉をお借りすると「どれが正解でもないこと。これからもどんどん変化していくもの」です。鴫原先生は「正解がないこと」に対応することが“保育園栄養士”の難しさであると言います。確かに一人では途方に暮れてしまうかもしれません。けれど、今の明日葉保育園には、正解がなくても、何かを手繰り寄せようと、もがいて、その過程すらも肥やしにしようと面白がれるチームがあります。そんなチームがあるのも、「個に合わせる」ことによって良好な関係性を築いてきたことによる恩恵なのかもしれません。
     取材終わりに、鴫原先生は栄養士が保育園で働くことについて「楽じゃない。でも面白い」とおっしゃいました。みなさんはこの言葉に触れた今どのように心が揺さぶられましたか。私には、「楽じゃない。“だから”面白い」の意味合いが込められているように感じられました。鴫原先生が、“楽じゃないこと”に立ち向かうのは、子ども達の未来のためであり、次世代を担う給食関係者の方達のためだと言います。しかし、恐らくそれだけではないでしょう。鴫原先生が“保育園栄養士”でいることを心底楽しんでいるのです。「個に合わせること」を「遊び心」と表現するのですから。
     栄養士が保育園で働くことの“面白さ”に魅了された鴫原先生は「楽しい仕事だからどんどん広がったらいいな」と、“保育園栄養士”の発展を願うのです。

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