主役はみんな!挑戦する心を育てて
目指すは楽しい食事

Vol.20 にじのいるか保育園 杉並松の木

USER NAMEにじのいるか保育園 杉並松の木

左から調理員の飯島 元美先生、木村 公美子先生、石橋 凌先生、栄養士の池田 枝里子先生

訪問したのは…

施設名

にじのいるか保育園 杉並松の木

所在地

東京都杉並区松ノ木1-12―38

URL

https://www.nijinoiruka.ed.jp/nursery/matsunoki/

 にじのいるか保育園の母体は、専門学校を中心に全国で83校(2024年現在)の学校等を運営する滋慶学園グループです。保育園は、東京都で9園、兵庫県で1園を運営しています。にじのいるか保育園杉並松の木は平成28年4月に設立され、対象児は0~5歳児、定員は80名です。住宅街にありながら、徒歩15分圏内に10か所以上の公園があるなど自然の豊かさが特徴です。にじのいるか保育園杉並松の木の取り組みのコンセプトに「子どもの“期待”をかなえる」「子どもの“来たい”環境」「地域の“期待”“来たい”も集まる」を掲げます。滋慶学園グループが運営する保育園全体の特徴として、体験型プログラム(滋慶学園グループの専門学校の講師が、体操教室や音楽教室などを展開します)や地域交流活動(八百屋や消防士とのふれあい)など、“あそび”を通した体験的活動の中で自己肯定感を育むことを意味する「キャリア教育」を取り入れています。

  • 保育理念:キャリア教育を通して未来を担う子どもたちの「生きる力」を育む
  • 保育目標:一人ひとりの“自己肯定感”を高め、可能性を広げていく保育
  • 保育方針:安心・安全な環境のもと、保護者・地域・社会とのつながりを大切に、子どもの心身の発達に必要な五感の成長を“あそび”を通して育む
  • 主体性を育むための知見が此処にあり

     にじのいるか保育園が食育に力を入れる原点には「給食が子どもにとっても保育士にとっても楽しい時間であってほしい」という想いがあります。園長の仁平先生は「食べるとは楽しいこと」だと話します。しかし、実際の給食の現場は、子どもにとっては「野菜が嫌いで食べたくない。でも出されたものは食べなきゃ」という“苦痛”の時間に、保育士にとっては「一日の必要な栄養分だから、できたら子どもに食べてほしい」という気持ちによって“食べさせる”ことに一生懸命になってしまう時間になりやすいといいます。給食が「苦痛の時間であってほしくなかった。どうやったら楽しんで食べられるかな、食事は楽しいものだって分かっていけるかな、っていうのをとにかく模索していった」と語ります。
    幾年に及ぶ挑戦を続ける中で「やっと形になってきた」と仁平先生が話す「楽しい食事」すなわち「大人が“食べさせる”のではなく、子どもが進んで食べる」ということ。これを実現するために育まれてきたものが、“子ども達の主体性”と“職員の主体性”です。この2つの主体性という名の蕾の花を開かせる過程にこそ、私達が学ぶべき専門的な知識が詰まっています。そして、2つの主体性が生活全般に生かされていることがにじのいるか保育園の魅力であり、これからご紹介する取り組みの成果をより効果的にしているのです。

    園長の仁平 つまき先生。幼稚園や保育園で働かれた経験をもとに、当園の舵取りを担います。

    子ども達の主体性を育む仕掛け

    ~探求心を刺激し、五感に働きかけ、“できた!”を演出するまで~

     
    ① 収穫体験
     にじのいるか保育園が最も力を入れている活動は収穫体験です。仁平先生は「子ども達が一番楽しめる体験」だと話します。
    12月上旬、園庭に設けられた畑には大根やカリフラワーなど5種類程の野菜が実っていました。しかし、現在の姿に至るまでに大変な挑戦が続いたのだと言います。数年前まで園庭に畑は無く、区の農園を借りて収穫体験を行っていました。けれども、職員が整備をする負担感に加えて、子どもの足で30分程かかるその農園へは気軽に水やりに行くこともできず、収穫体験の継続は困難となりました。それでも「直の土で、“畑”と言ったらこういうものだ、というやり方でやりたい」という思いが変わらずにありました。それからなんと3年程かけて園庭の一角に畑を作ったのです。つつじの木が植えられたスペースを畑に活用するために、木を抜くことから始めました。仁平先生は「みんなで力を合わせてなんとか畑にした」「ところが畑は土が大切なのでなかなか作物が育たない」と当時を振り返ります。打開策として、保護者の方の紹介で知り得たグリーンアドバイザーと呼ばれる専門家の協力を得て、土作りから見直しました。それから2年の時を経て、今では旬の野菜が顔を並べる畑に成長したのです。
    収穫体験と連動して取り組んでいることを栄養士の池田先生が教えてくださいました。池田先生は献立を作成するにあたって「旬の食材を届ける」ことにこだわります。そして献立を作成する上での課題は、「子ども達が苦手な野菜をどのように食べやすくするか」だと言います。その工夫の一つとして、収穫体験を通して旬の野菜を育てることにしたのです。さらに、“おやさいひーろーず”というオリジナルのキャラクターを考案。子ども達にとって苦手意識が強いピーマンや茄子がヒーローに扮して、バイ菌をやっつけるというエピソード付きです。毎朝玄関では、パネルになったおやさいひーろーずが子ども達をお出迎えしてくれるのです。
    収穫体験を入り口として、食材に親しむ機会を提供するうちに、子ども達に変化が見られるようになったと言います。仁平先生曰く「嫌いなものは本能なので食べない」という子ども達が、自分で育てた作物に興味がわき「ちょっと食べてみようという気持ちになった」のです。また、「“こんな形になった”“お母さんに食べさせたい”など子ども達の間で楽しみが広がっていった」とも教えてくださいました。
    収穫体験を通して、子ども達の食の興味が広ったことが 、畑を続けるきっかけになっています。そして今では調理員さんと保育士さんが手を組んで“畑係”を結成、率先して畑の整備などに取り掛かります。「楽しい食事/子どもが進んで食べる」を目指して、職員一丸となって収穫体験を盛り上げているのです。

     
    ②-1 0歳からの食育 ~子ども達の世界であそぶ~
     栄養士の池田先生が「あまりやっていない園が多い」と話す0歳児の食育。にじのいるか保育園では子ども達に向けて、また保護者の方に向けて、0歳からの食育に取り組んでいます。
    子ども達との活動として、今年度の0歳児クラスでは食材を使った感触遊びを実施しました。野菜や果物に丸ごと触れるのです。食材の感触を通して探求心をくすぐることを導入として、さらなる展開で食への興味を刺激します。それは、子ども達が触れていた食材を料理に変えてみせることです。子どもがつぶした白米を目の前で焼いて五平餅にしました。五感を駆使して“あそぶ”経験を通して、「楽しい食事/子どもが進んで食べる」ための土台の形成を図っています。
    感触遊びを皮切りにゆくゆくは完食へ。その過程には保育士さんの存在が欠かせません。池田先生は、保育士さんについて「うちの先生達はプロ」「子ども達との関わりが面白い」と評します。乳児クラスは担当制保育(特定の子を決まった職員が保育する)を導入しており、「それによって丁寧にその子達の手立てができる」と主任の望月先生は話します。1、2歳児に多い関わり方の例として「その子の好きな世界に関連したエピソードを作る」ことを教えてくださいました。例えば電車が好きな子には「(ブロッコリーの緑を示して)はやぶさだね」「速い電車?遅い電車?と聞きながら食具に乗せてガタンゴトンってやってあげると自然に口を開けて食べちゃう」と言います。そんなやりとりは、池田先生も思わず笑ってしまうそうで「子ども達も楽しそうに“頑張ってみるか”みたいな感じで食べる」と言います。「食べさせられても次に繋がらない」という望月先生の言葉からも分かるように、「楽しい食事/子どもが進んで食べる」ために、言葉巧みに、表情豊かに、子どもの心を掴む世界を演出する保育士さんの姿勢が、まさに“プロ”なのです。
    このような働きかけを受けて、子ども達が挑戦できた時、さらに良い連鎖が起きるのだと言います。望月先生は「自分が頑張って食べたら好きな先生が喜んでくれて嬉しい」と子どもの気持ちを表現します。日常的に保育士さんと子どもの間に信頼関係が構築されていることが、食育にも良い影響をもたらします。「楽しい食事」の“楽しい”に含まれる要素を考える時、味や見た目、安全性はもちろんのことながら、場の雰囲気、それから場を共にする相手との関係性にも配慮する必要があることを保育士さんの関わりを通して窺い知ることができました。
    これを踏まえて、保護者の方から挙がりやすいという相談内容の一つをご紹介します。「子どもが保育園で完食した料理を、同じレシピで作っても家では全く食べない」というもの。これについて、仁平先生は「親は食べさせるのに必死で、子どもだけで食事をしている場合もある」といいます。「一緒に食べることも“楽しい”の一つなので、そういった環境もある」と伝えているそうです。

     
    ②-2 0歳からの食育 ~保護者と創る~
     「楽しい食事/子どもが進んで食べる」を実現するためには、保護者の方へのアプローチも欠かせません。にじのいるか保育園では、“離乳食講座”を実施しています。
    仁平先生は子育て家庭の現状について、核家族の増加を背景に、子どもの食に関して悩んでいる保護者が多いにも関わらず、「プロに聞くということが機会としてあまりない」と分析します。
    一方で、池田先生は、将来の子どもの健康を見据えて「0歳児の食は学んでいくもの」として、それゆえに大人の関わり方の重要性を説くのです。昨今普及しているベビーフードについて話が及ぶと、この現状が離乳食講座を実施するきっかけの一つであったことを教えてくださいました。ベビーフードの普及による課題の一つとして、「子どもの咀嚼機能の低下」を挙げます。ベビーフードは加熱処理を施すためにどの形態も軟らかく、子どもの噛む動作を誘発しにくいのです。そして子どもが特別に嚥下のための工夫をせずとも食道へと流れていきます。「“噛めないと顎が小さくなって歯が入らない”など将来のことにどんどん繋がっていく」と危惧を示します。
    このような保護者の悩みや子どもの健康面に関する課題の改善を目指し、“離乳食講座”と銘打ってその場を設けるようになりました。講座を担当している池田先生は「保護者の悩みをちょっとでも解消してもらいたい」「私たちの想いを受け入れてもらえるように」と、スタートを切ったばかりの講座の充実を図ります。例えば、市販のベビーフードと保育園で提供している離乳食との違いを、試食を通して保護者と共有します。また、子どもの適切な咀嚼運動を促すために、大人が配慮すべき食具を使った食べさせ方(食具を静止させるタイミングや、口内からの食具の抜き方など)を伝えています。
    保護者のニーズを見極め、子どもの将来を見据えて、ゼロから形にしてきた取り組みの数々は、保護者の心境にも変化をもたらします。仁平先生が「調理員が子ども達のために食に力を入れていたのを保護者も分かってくれていた」と話すのは卒園式のエピソードです。「保護者の方からの言葉で必ず給食を作ってくれた先生にもお礼の言葉がある。保育園の先生方ってひとまとめにされちゃうことが多いけど、去年も一昨年も調理員への個別の言葉があった」と驚きと喜びを口にします。複数の保育現場の経験を経て、にじのいるか保育園で働く池田先生は「ここに来て初めて言われた」「栄養士は基本裏方、メインは保育士だと思っているけどそういう言葉を聞くと大号泣。最高の仕事」と胸の内を明かしてくださいました。

     
    ③ 子どもが選択できるクッキング
     にじのいるか保育園には「みんなのじかん」と呼ばれる、子ども達が話し合いを通して活動を選択できる時間があります。これまでの「みんなのじかん」は、公園の行先や遊びを選択することが主な内容でしたが、昨年度より新たな挑戦として、食(クッキング)をテーマにした「みんなのじかん」を実施しています。4、5歳児合同で実施した今年度は、作りたいものを話し合うことから始まります。「やきとり、やきそば、フランクフルト…」など子ども達のアイディアが飛び交う中で決定したのは、ハンバーガーやポテトが揃うハッピーセットを作る、その名も「マツノキハッピーセット」です。企画から実行までを担った池田先生が「まあ大変でした」というその内容は、ハンバーガーのバンズから作ったというから驚きです。以前パン作りを実施した際に「子ども達がすごくはまった」そうで、その姿をヒントに、バンズ作りを決心されたのです。しかし、マツノキハッピーセットはバンズ作りだけではありません。グループごとに分かれて、ポテトを切ることや、サラダ・スープ作りにも取り組みました。

    主任の望月 奈美先生

    先生特製のサンバイザーを付けて店員さんになりきります

    子どもが主役”は日常的に

    にじのいるか保育園が大切にしている子どもの主体性を育むための取り組みは、食育の場面に限った話ではありません。
    各クラスには子ども達の主体性を引き出し、育むための工夫が至る所になされています。例えば、おもちゃ箱の前面には、箱の中身を表すおもちゃの写真が貼られています。そうすることで、大人が指示せずとも子ども自身でおもちゃを片付けることができます。他には、トイレの入り口の床の一角が赤いテープで四角く囲われています。トイレに向かう子ども達は、脱いだ室内履きをテープが示した枠の中に自ら収めるのです。子ども達が思わずそうしたくなる(写真が示すものと同じおもちゃを箱に入れたい・室内履きが枠の外に出るとなんだか気持ち悪い)仕掛けを介して、適切な行動を誘導することによって、「大人が“やらせる”のではなく、子どもが進んで“できた”」を実現しているのです。これは食育の目標である「大人が“食べさせる”のではなく、子どもが進んで食べる」と同じ原理です。子ども達が自分自身を“主役”だと実感できる日常が、子どもが進んで食べるために必要となる“主体性”を育んでいるのです。そして子ども達が主役でいられるのは、先生方によって念入りに施された“お膳立て”があるからなのです。
    一般的に、食の課題に直面した時、食に関する時間や場面に焦点を定め、その枠の中だけで改善を図ろうとします。しかし、もしかするとその固定化された視点こそが、「楽しい食事/子どもが進んで食べる」とはほど遠い「子どもにとっての苦痛の時間、大人が食べさせることに一生懸命になる時間」を招いている要因かもしれません。一方でにじのいるか保育園は、食の時間や場面に限定することなく、多角的な視点で食の課題にアプローチをしていきます。遊びや生活全般を通して子どもの主体性や大人との信頼関係を丁寧に継続的に育んでいるのです。この日々の積み重ねが、「楽しい食事/子どもが進んで食べる」を実現可能にしているのです。

    職員が主体性を発揮する組織とは

    ~個の能力と組織の強みを高めて、成果を生むまで~

     
    ① 専門性を超えた役割意識
     にじのいるか保育園は、子どもへの関わりもさることながら、理想を形にするためのチームワークにも秀でています。
    池田先生を始め調理員さん達は、収穫体験や0歳児からの食育、クッキングなど栄養士・調理員としての本来の役割を超えた取り組みに積極的に挑戦します。また、池田先生は日常的にクラスを巡回し、必要とあらば保育士さんの業務を手伝います。その原動力を尋ねると、池田先生は「うちの子達が好きだから。喜ぶ顔が見たい」と力強く答えます。さらに、「子どものやりたいことをできる範囲で叶えたい」と子ども達への想いを語ります。
    にじのいるか保育園で実践されている活動は、想いと同じくらい、もしかすると想い以上に知識や技術がなければ実行することも継続することもできないほどに質が高いです。華やかな活動の根っこには、綿密に練られた計画があります。時に、計画を遂行するために必要となる知識や技術は、栄養士や調理員、保育士の専門性をも超えてきます。池田先生は、食に関する保護者の不安を解消するために、食のアドバイザーの資格を取得したといいます。これまでの経験をもとに「例えば子どもが野菜を食べない理由は色々ある。お母さんから相談された時にパッと答えられるカードが欲しかった」と、資格の取得に踏みきった経緯を語ります。他にも、保護者の方に向けた講座を開催したものの「あまり話を聞いてもらえていない」と現状を評価し、解決方法が「自分じゃ分からなくて」と講師の養成講座を受講したこともありました。
     どれだけ優秀な個人がいても、組織として成熟させていくことは、口で言うほど簡単なことではありません。現在は、調理員さんや保育士さん皆が口をそろえて「一緒にやっている」というほどのチームワークの良さが伺えますが、今のチームで働きだした初年度について「苦しかった」と池田先生は振り返ります。
    それは6年前、共に働く調理員さん達との間で苦慮したことを「すり合わせ」と表現します。池田先生含む4人の調理員さん達の間に「アレルギーがある子も離乳食の子も衛生的で美味しいものを食べる」という共通認識があるにもかかわらず、さらに調理員として経験豊富な先生方が集まっているにもかかわらず、 チームとしては不完全だったのです。なぜならば、衛生的な物の扱い方に始まり、出汁の取り方など、調理における価値観に個人差があったからです。池田先生は当初の調理場の雰囲気について「誰も喋らないでやっていた」「包丁を持っていても、黙って人の後ろを通るなど危険もあった」と言います。状況の改善に役立ったのは、これまでのご自身の経験でした。様々な先生と働いてきた経験をもとに、同僚に対して「どういう関わり方をしていくか」を考え、「根拠から伝える」ことを心掛けました。「最初は嫌だったと思う。それを受け入れてこっちでやってみようと思ってくれたので今がある。信頼している」と3人の仲間達を気遣います。そして現在、「誰が何をやっているか分かるように声を掛け合うのを癖にしている」と話す通り、調理場では活発にコミュニケーションが交わされます。訪問日には、主菜であるタラの火の通りが思わしくないことを一人が報告すると、「とろみを付けたらどう?」などみんなで案を出し合い、解決に向かう姿が見られました。
     どのような状況においても、ぶれることのない目標の設定、現状の客観的な分析、課題の抽出、解決の糸口を多角的な視点で探る冷静さがあります。さらに、課題解決のために必要な知識や技術の獲得に励む向上心と行動力があります。そこに成果が実り始めると、次第にその人から発せられる言動には説得力が増し、周囲に納得感を与え、心を揺さぶります。周囲を巻き込むことができたとき、“個々”の能力を“組織”の強みとして変換できたとき、それは一人は成し遂げるよりもずっと大きな成果を生み出すのです。池田先生に代表されるこの姿勢が、先生方との対話を通して園全体から感じられました。

     
    ② 連携とは理解すること 
     調理員さんと保育士さんの橋渡し役となったのは、仁平先生です。きっかけは、ご自身の経験にあります。調理業務を手伝った経験があるという仁平先生は、「集団調理ってものすごく大変」と実感を言葉にします。さらに「実際、調理場に入らせてもらうと細やかな気遣いがいっぱいある」と調理員さんへの感謝の気持ちを表現します。仁平先生は「そういうことをしてくれながら食事が出来上がっているということを保育士にも子ども達にも分かってもらいたい」、それを伝えていくことで「保育士の、子どもに対する提供の仕方が変わっていく」と考えを述べます。
    保育士さんに変化が見られるようになったと話すのは池田先生です。「料理名を言ってくれるようになった」と言います。以前は、汁物は一括りに“スープ”と子ども達に伝える保育士さんの姿がありました。それに対して池田先生は心の中で「違う!今日は味噌汁!」と訴えていたそう。仁平先生は「ちっちゃいことなんだけどね」と相槌をうちます。“スープ”か“味噌汁”か、些細なことのように思われますが、料理として提供される過程には、調理員さんの気遣いや工夫、努力が込められているのです。また、味噌汁を作るにあたって欠かすことのできない出汁や香りは、日本料理の風味の骨格となる重要な要素です。日本の食文化を大切に守り、次世代に引き継ぐという使命感の表れが、池田先生の訴えにはあったのかもしれません。共に働く仲間がそれに気付き、思いを馳せることで、尊敬が生まれ、行動が変わります。そこに込められた気遣いを想像すること、想像できないのならば自分の目で確かめて、相手と言葉を交わすこと。そうしてお互いを理解しようと努めてきたことによって、組織として強固な信頼関係が築かれたのです。

    池田先生

     
    ③ 失敗ありきの挑戦
     池田先生は、仁平先生との関係について「入職当初から何かあれば、逐一お互いに話をしていた」「やりたいことは全部受け入れてくれる。本当に駄目なものは、駄目って言われるけど」と冗談混じりに話します。それから「“とりあえずやってごらん”が園長先生の方針」と表現するように、仁平先生は「やってみてだめだったら変えていけば良いというのが常」「最初から上手くいくわけないので失敗ありきでやってごらん」と後輩の背中を押すのです。それを受けて池田先生は「じゃあ頑張ってやってみて、これで駄目だったら次こうしようって思える」のだと言います。先生方が生き生きとご自身の能力を発揮できるのは、任されているという自覚が持てる関係性が確立されているから、それから“失敗しても大丈夫”と思える組織的なサポートシステムが整っているからではないでしょうか。この環境が先生方を後押しし、自分達を“プロ”と呼ぶ自覚と誇りを芽生えさせるのです。
    我々がお話を伺った日、お見送りしてくださる際に、仁平先生が池田先生の肩を組む姿が印象的でした。それは、お互いを尊重し、信頼し、支え合っていることを象徴しているかのようでした。

    「楽しい食事/子どもが進んで食べる」を支える調理員さんの声

    ①保育士さんと共に働く想い
    ②調理員のやりがいについてお聞きしました

    石橋 凌先生

    ① 調理員は安全、安心で美味しいものを提供するのが役割。アレルギーの食に対する責任の重さは保育士さんと同じくらいだと思っている。作る方が大切なのはもちろんだけど、保育士さんはクラスで子どもが他の物を食べたりしないようにしてくれるので大切でありがたい
    ② 子どもが好きで入職した。子どもが喜んで食べてくれる姿を見られることが一番のやりがい。

    木村 公美子先生

    ① 子どもの食形態の進め方について両者で相談し合いながらできている。保育士さんが信用、信頼して、栄養士さんに相談する関係性がある。
    ② 子どもの成長の過程が見られることがすごく楽しみ。0歳児が年長になるまで見ているから、“大きく育ったね”って。調理員4人とも子どもが好きだから子どものために一生懸命できると思っている。

    飯島 元美先生

    ① 保育士さんは常日頃から小さなことから食育「今日のお野菜〇〇が入ってるよ」と積み重ねで教えてくれる。みんなで考え、一緒に食育を作り上げている。園長、主任が一緒に関われる体制を作り、園全体で後押ししてくれる。
    ② 色々な料理を作れること。残飯が無くて綺麗に返ってくることや“おかわりありますか?”と聞かれることはすごく嬉しい。美味しく食べてくれたんだ、もっと食べたいと思ってくれたんだ、とモチベーションになる。自分の子どもを見ているような気持ちになる。

    石橋 凌先生

    木村 公美子先生

    飯島 元美先生

    多くの人の未来に届きますように

    「楽しい食事/子どもが進んで食べる」ことの実現を目指すにじのいるか保育園には、“子ども達の主体性”を育む仕掛けの数々と“職員の主体性”を引き出すチームワークがありました。
    池田先生は「食べることは生きること」だと言いました。それから、ご自身が目指す働く場のイメージとして「子ども食堂」を挙げます。保育園という枠にとどまることなく、より多くの子どもや保護者の方に、ご自身が培ってきた“食事”を届けたいというのです。人を育てることにやりがいを見出し、人と育むことを通して自分自身を磨き続ける、そんな池田先生のお人柄が伺える一コマでした。
    にじのいるか保育園が培ってきたノウハウは、子どもや保護者の方の生活を豊かにするのはもちろんのこと、同業者の支えにもなるでしょう。しかし、他園の調理員さんと交流する機会は乏しいようで「困った時に横の繋がりがあった方が良い」と池田先生は話します。食習慣の土台が形成される時期である未満児さんの保育利用が増加している現在、子どもに携わる施設が担う“食育”に関する役割は大きいはずです。にじのいるか保育園の先生方がそうであったように、たとえ子ども達への想いがあったとしても、理想とする食事の形があったとしても、道半ばにして術を失い、途方に暮れている先生方が今もどこかにいるかもしれません。そんな時に、同業者である専門家に状況を理解してもらえて、適切なアドバイスをもらえたのなら、経験や知恵を共有することができたのなら、より多くの子ども達の未来を豊かにすることが可能なのではないでしょうか。

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